ブロガーから見た「河童×コッペリア」稽古場日誌 Vol.4

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【前回までのあらすじ】
両目洞窟人間(27歳男性)は、「河童」と「コッペリア」について調べているうちにパラノイアな世界に入ってしまった!

 

どうもこんにちは。両目洞窟人間(27歳男性)です。

“血走った目の男”ことキャンディ江口氏が主催するキャンディプロジェクトの新作公演は、芥川龍之介の小説「河童」とバレエの「コッペリア」の翻案による交響劇とのことで、これまで「河童」と「コッペリア」について調べてきました。
しかし「河童」と「コッペリア」を掛け合わせて何を作ろうとしているのか、その答えはわからぬままです。
そして「翻案」とは?
「翻案」って単語の意味、ぼんやりしかわかっていない!!

私は聞き慣れない言葉を持て余し、部屋の片隅でしばらく悩み続けました。
悩み続けるうちに「人生とは、そして宇宙とは?」という問いにたどり着き、
「人生、宇宙の意味」で調べてみると43という数字が出てきて……、と、このままでは埒が明かない!
私は「翻案」という言葉をスマホで検索することにしました。

グーグルによると、「翻案」は「前に誰かがした事柄の大筋をまね、細かい点を造り変えること。」であるといいます。
なるほど!
これって、今私が見ていたドラマそのままではないか!

私はすぐさまNetflixを起動させました。
ドラマのタイトルは「ファーゴ」。
2014年にアメリカのFXで放送された、ノア・ホーリー制作・脚本のドラマです。

『ファーゴ』の元作品は、1996年にコーエン兄弟監督脚本によって作られたサスペンス映画です。
1987年、ミネソタ州ファーゴで「実際に起こった事件」(そういうテロップが出るだけで実際のところは完全なフィクション)の内幕を描いています。
気弱な中年男が借金返済のため仕掛けた狂言誘拐が、ねじれにねじれまくって大量殺人事件に発展していくという内容です。
本映画はアカデミー主演女優賞と脚本賞を受賞するなど、興行的にも評価的にも大成功した映画でした。
(この時主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドは、今年のアカデミー賞でも主演女優賞を受賞しました)

1996年から18年後にドラマ化されたファーゴ。
何をどう「翻案」したのか?
ここから「翻案」というものを考えてみたいと思います。

1.物語の大筋を踏襲

ファーゴの基礎的な部分をおさらいすると
・実際の事件(という設定)
・ノースダコタ州のファーゴという町から物語が始まる
・小市民がなにげなく起こした事件が大量殺人事件に発展する
・ブラックコメディ
・テーマは「人の欲深さと、真に人生に必要な物」
ドラマ版ファーゴでもこれらの部分は踏襲されています。

2.どういった細かい点を作り替えているか?

主要登場人物が、「不気味で無口な大男」と「狡猾な小男」という二人組であった映画版から、ドラマ版では「不気味な1人の殺し屋」にかわっています。
このキャラクターは映画版のちんけな二人組の犯罪者とは異なり、絶対悪のような存在で描かれています。
これは映画「ファーゴ」の監督を務めたコーエン兄弟の別作品「ノーカントリー」に出てくる殺し屋「シガー」のようにも見えてくるのです。
「シガー」という殺し屋はまるで絶対悪のように描かれます。
絶対悪に遭遇してしまったとき、人はどのような行動をとってしまうのか?
そしてそんな絶対悪が存在する世界でどのように生きていけばいいのか?
それを描いた作品が「ノーカントリー」でした。

つまりはドラマ版「ファーゴ」は、映画「ファーゴ」の世界に「ノーカントリー」の殺し屋がやってきたら?という翻案作品にも思えてくるのです・・・。

と気がつけば長々とファーゴの説明をしてしまいました。
これではよくない。キャンディ江口氏に生殺与奪を握られているのに・・・。
というわけでファーゴの例をこのキャンディ江口氏に適用するならば「河童」と「コッペリア」の大筋はなぞりながらも、細かい点を変えていっているわけです。

河童は
・人間の倫理観とは異なる河童の世界に行く話。

コッペリアは
・機械人形に恋をしてしまう青年の話

というのが大筋になると思います。

ではこれを「ファーゴ」みたく、どのようにまぜて、そしてどのように変更しているのでしょうか?

とそのときでした。ぶるるるるるるとスマホが鳴り響きました。
びくびくしながら電話を取ると、変声機を用いた声が聞こえてきました。
「明日、この稽古場に来い。通しを見せてやる」

(つづく)

文章:両目洞窟人間
雑文系ブロガー。映画、演劇、本、音楽から、独創的な妄想まで。
ブログ:にゃんこのいけにえ

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